りおの成幸日記☺︎

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東日本縦断の旅 12日目 石巻編

 

東日本縦断の旅 12日目 

 

9時半までのチェックアウト

急いで支度を済ませた

 

雪が積もっている

女将さんがおにぎりを作ってくれた

もちろん無償である

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私は東日本大震災に遭われた方々が

今どの様な状態になっているのか

現実が知りたくて石巻に来た

 

ただ、勿論のこと

知らない土地でナイーブな話を聞くのは

一体いかがなものかとも思っていた

 

女将さんは

「東北の人はみ〜んな本当に優しいよ!」

「それに私達が生きているのも、亡くなった方がいるのも

たまたまだから。全部プラスになる😁大丈夫。いってらっしゃい!」

と仰ってくれた。

 

女将さんも友人が亡くなったそうなのだが、

震災のお陰でと。学ばれていた。

 

トゲの様な寒さの中、私は歩き出した。

今日は石巻の漁港まで向かう。

 

海の匂いがここまでしてる。

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途中、石巻駅周辺で大福屋さんを見つけた。

店主の方にオススメを聞き、白あんの大福を買った。

食べながら、震災のことについて質問した。

 

この店は90年ほど続く店で、

この店舗を建てた年が2011年だったそうだ。

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この辺も津波で浸かってしまい

漁船が流れ込み、

それが住宅街を破滅させて行ったらしい。

 

ここで被害を受けれた方は

かなり移転されていった人も多かったそうだ。

 

一番気の毒なのは

単身赴任をされていた人が

実は多かったこと。

 

震災当時、私の父も単身赴任だった。

想像するだけで辛くなってきた。

 

長話をした後

鹿島御児神社を教えてもらって行く事にした。

津波が来たときに皆んなが坂を登って避難した場所)

 

歩く途中、

大学生っぽいカップルが

石巻って思ってたのと違うって思われてそう」

と言う立ち話が聞こえてきた。

 

ちなみに極寒の中、

その子はショートパンツを履いていた。

 

坂を登っている間、色んな事を考えていた。

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生きていることの意味。。

命のうたが頭から離れなかった。

 

頂上に着いた。

 

物凄く感慨深い気持ちになった。

思わず涙が溢れた。

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神社に入った瞬間

天気は良いのに雪と風が吹き始めた。

 

もしかすると、

ご先祖様がここに縁があったのかもしれない。

 

ご挨拶を済ませた。

 

そこから魚町へ向かった。

徒歩で1時間半。

 

途中大きな橋を渡った。

塩がたくさん積まれていた。

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それでも絶景だった。

震災の爪痕は感じさせる事のない。

非常に美しい風景だった。

 

漁港へ到着。

思っていたのと違う、

お魚の工場冷蔵庫が立ち並んでいた。

 

この時私はとってもトイレに行きたくて

お腹も空いて、食べ物屋さんを探していた。

 

一件もコンビニやスーパー

何も見当たらない.....。

 

誰もいない.....。

 

漁港へ向かい

働いている人に聞いた。

 

近くに食堂があるらしい。

とても丁寧に教えてくれた。

 

閉店間近だったので走った。

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私はカキフライ定食と

すじこのおにぎりを頼んだ。

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カキフライ定食は思っていた

2倍くらいボリュームがあったが

とっっっっっっっても美味しかった。

 

プリプリジューシーなカキフライに

イカの塩辛。お味噌汁も美味しい。

 

おにぎりも大優勝。

たくさん歩いて走ったこともあって

最高のひと時だった。

 

満腹のところで

お土産屋さんに立ち寄った。

 

そういや1人わらしべ長者お土産リレー

(お世話になった人にお土産を渡して、

次にお世話になる人用に何を買えば良いか買いに行くやつ)

女将さんに渡したら、それは私に食べて貰いたいと言われた。

 

その女将さんは、サメの何かはどうかな?と言われた。

なかったので牡蠣の飴を購入した。

 

そこにいた店員さんにも

震災のお話を聞かせてもらった。

 

その方は現在20歳の息子さんがいる

母子家庭の主婦さんだった。

 

震災直後にたくさんのボランティアさんに

お世話になったらしい。

 

世界各国のかたが

子供たちのために

イベント企画をしてくれたり

心も支えてくれたそうで。

 

とても感謝していた。

 

その後入って来られた方は

兵庫から震災後ボランティアを通じて

ここに移り住んだそうだ。

 

生々しい残酷な話もあるが

それ以上に人との支え合いが垣間見えた。

 

その店を出た後

その辺で工事をしていた男性3人に声をかけた。

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事情を説明すると

いろんな事を教えてくれた。

 

津波が来ても大丈夫な様に

道路に坂を作ったり

街に様々な工夫をされたそうだ。

 

その人も家族が被害に遭われながらも

復興工事の方を優先させて

汗を流していたそうだ。

 

来てみて分かったことは

どれだけ辛く悲しいことが起こっても

ここにいる人達は言い訳をしない。

 

泣き言を言わない。

人に求めない。

 

なぜそこまで強くなれたのか

最後に質問した。

 

”前を向くことしかできないからね”

 

言葉が出なくなった。

あまりのたくましさに心打たれた。

 

帰り道、

現地の方のいろんな想いを見つけた。

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宿舎に戻った。

優しい女将さんと旦那さんと猫ちゃんがいてた。

 

2億5000万年前の化石を触らせてくれた。

 

これの価値は、どうにでも変わるとのこと。

ボロボロに欠けながらも。

その雅さに感銘を受けた。

 

旦那さんが車で送ってくれた。

本当に素敵で無償の愛をくださる。

素晴らしい方達だった。

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通りで宿は今日も満席の様だ。

こんな時期にここまで人が来るのも

皆んなこのご夫婦に会いたくて来るのだろう。

 

盛岡行きの電車の中で

昔見ていたアニメ「雪の女王」を見てた。

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小田和正の「大好きな君に」を聞きながら...

電車に揺られて

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